Make haste slowly.
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いつかどこかで誰かが言った表現的巧みで印象を刻んだ知恵のことば、人から人へ伝染し、土地から土地に伝播し、時代から時代へと伝承した、よみ人知らずの名言、この諺(ことわざ)なるものを選んで「英語、ことわざ10選」、その表現テクニックを今は伝授するといたしましょう。
English sayings speak volumes about life and English.
Make haste slowly.
(ゆっくり急げ)
Making haste is no excuse for making mistakes. When time is short, you should be able to make short work of whatever you have to hurry to handle. Pressed for time, however, you usually feel sort of oppressed; oppressed, you are prone to err. To get things done quickly, but with no mistakes, you need to make haste slowly.
(急いでいるから間違ってもしかたないというわけにはいきませんね。時間がないときは、急務をてきぱき片づけられないといけません。されど時間に窮すれば精神的にもいささか窮するもの、精神が窮すれば誤りを犯しやすいもの。急いで、しかし誤らずに事を処するためには、ゆっくり急ぐ必要がありますね)
「ゆっくり急げ」とは「落ち着いて急げ」の意――ですが以下2文を比べると、諺はひと味違いますね。a.には「おもしろ味」というスパイスが加味されています。
このピリッと利かせる表現のスパイスはoxymoron(矛盾語法)――そのよく知られた例はan open secret(公然の秘密)、意味的に衝突する語句を組み合わせてインパクトのある表現を作る手法、例えばびっこの人にそれと知らず「足をくじいたんですか」と訊ねる親切心はcruel kindness(残酷な思いやり)。
「さらに踏み込んで調査すればますます喜べない発見をするはめになりかねない」 の「ますます喜べない」をincreasinglyのincrease「増大」とjoylessのless「減少」を突き合わせるのは矛盾語法、遠回しにless joyfulと表現するのは婉曲語法――あなたならどちらの表現を買いますか、表現テクニックにも個性が反映しますね。
熱帯があれば寒帯があり、白人がいれば黒人がいる我らの地球の温暖化で干ばつになるところもあれば洪水になるところもある――pairs of opposites(正反対の組合せ)と仲よく付き合っていくしかない我ら人の生も矛盾を内包するもの、とすれば矛盾語法もなかなか奥の深いものかもしれません。私が推進しようとしている英語習熟システム――TMシステム(The Thorough Mastering System)――のスローガンも「矛盾」と無縁ではありません。
Practically profound & Profoundly Practical
(実際的に深く、深く実際的)
practical(実際的)とprofound(深遠な)は反意語ではありませんがthe practical applications of the profound theory(その深遠な理論の実用)でthe profound applications of the practical theoryが変である程度には相反する概念です。ですが変形(Transformation: 意味が変わらず形態がかわること)という文法の深い仕組を表現を活性化するテクニックとして実際的に駆使する英語なる言語のスピリットはまさにPractically profound & Profoundly Practicalと洞察、この英語のスピリットを具現顕現するTMのスローガンにしたという次第。矛盾語法は高い表現効果が期待できますが、ものがものだけにへたをするとoxymoronにならず、書き手がmoron(まぬけ)に見えるだけ。
| [問1] | 以下の文を矛盾語法で活性化しなさい。 |
実力が伸びれば同じ時間でより多くの学習ができるようになるということは、「英語力が向上することで英語の学習時間が減少する」ことになりますね。
| [答] |
diminish the amount(量を減らす)に「矛盾」を含ませるとraiseとdiminishingが衝突するraise the diminishing amount(減少量を上げる)、f.にはe.にないひと味違う「おもしろ味」がありますね。
make haste slowly.のもうひとつの「技」は「音」――make[meik]、haste[heist]と同じ二重母音[ei]で音を揃えれば、slowlyの二重母音[ou]とも調子が合い、全体の音調はすこぶる良好。
さて矛盾語法ならぬ矛盾語をひとつ想起してみましょう。それはtomboy、tomは「雄の」の意味でtomcatは「雄猫」、boyはオスにきまっていますからtomboyはわざと同義語を重ねる冗言法(pleonasm)でhe-man(男らしい男)を小さくした腕白な「男らしい男の子」かと思いきや、実はメスで「おてんば娘」――矛盾語法で「おてんば娘」を造語すればオスとメスをかけ合わせたtomgirlとなるところ、そこを矛盾語法でも飽き足らず冗言法を逆手に取ったtomboy、あちらにも天の邪鬼と天の邪鬼ファンがわんさかいらっしゃるようですね。もうひとつ矛盾を感じてしまう語はspendthrift、thriftは「倹約」だからspendthriftなる人物は「しまり屋」か「けちん坊」と思ってしまいますが、その反対で「金づかいの荒い人」。 antiheroは矛盾を内包するおつな語、「antiheroはヒーローであるがヒーローでない」はself-contradiction(自己矛盾)、antiheroとは英雄的資質を欠く平凡な主人公、「アンチヒーローはhero(主人公)ではあるがhero(英雄)でない」と言うことですね。
淑女もいればおてんば娘もいる、けちん坊もいれば金づかいの荒い人もいる、ヒーローならぬその他大勢も己が人生のアンチヒーロー、色んな人がいっしょに暮らしているこの世は矛盾のお花畑。
Make haste slowly.のほかにもoxymoron風味の諺に、有名なスローガンWork hard, play hard.(うんと働き、うんと遊べ)の次のオリジナルがありますね。
直訳すると「勉強ばかりで遊ばないと男の子はa dull boyになる」で、直ぐに訳さなかったa dull boyの意味は2つ、
頭の働きが悪いのは頭をよく働かせないから、勉強で頭をうんと使えばbright(頭のいい)になるというのが常識、この常識を逆手に取ったall workとdullの組み合わせは矛盾語法――一般にこの諺のdullは2.で了解され、a dull boyが「退屈な子」や「おもしろくない子」や「だめな子」になっていますが、1.のdullが2.のdullの隠し味になっているoxymoron風味がこの諺の醍醐味。勉強ばかりで遊ばないのはガリ勉(a grind、a closet grind)、そこでひとつこの諺で遊んでみましょう。英文だけでなく和訳もお遊びですよ。
not only...but also...(…のみならず…)をnot just...but...as wellに変形するとJackとjustの語頭「j-」、文頭Allと文末wellの「-ll」が呼応、dumbbellとwellは脚韻、なんて真面目くさった文字面で当たり前のこと(勉強ばかりで遊ばないのはガリ勉)を言ってから、a dull boyより重度のa dumbbell――ボディビル用具の「ダンベル」ですが米口語で「まぬけ」、ダンベルに「鈍重」のイメージを重ねるユーモアのセンス、わかりますか。
この諺の主語All work and no playも、そこだけを見ると「矛盾」の味がしますね。と言うのも肯定文のi.と否定文のj.を一文仕立てでk.とすると文法にたて突くことになりますから。
主語がAll the nurses and no doctors、「肯定文」兼「否定文」、こんな矛盾した文法兼任の無責任を文法は認めません。
| [問2] | i.とj.を一文化したl.となるよう、空所に適語を1語ずつ補いなさい。 |
空所3語の入れ方は2通り、こんな文法兼有は英文法の大いに認めるところ、l2.はl1.より表現レベルが上。
| l1. | All the nurses took part in the strike, but no doctors did. |
| l2. | All the nurses took part in the strike, but not the doctors. |
諺のall work and no playは動詞makeの三·単·現makesで受けていますから、このandはA and B(AとB)で1つ、一体を示す味なand――bread and butter(バターつきのパン)、ham and eggs(ハムエッグ)、curry and rice(カレーライス)と料理名にこのand味が好んで使われていますね。以下の3文を比較すると、平凡な面(つら)のandにも表情(表現力)があることがわかるでしょう。with no playはwithout any playの強意表現。
Jackと、一味違うandのペアでできた諺がもうひとつ。
普通に表現すれば、
のところが、A(Jack of all trades), and B(master of none)――ですが、このA, and Bはbread and butterのようにAとBで1つというのでも、bread and cake(パンとケーキ)のように単にAとBで2つというのでもありませんね。andの前のコンマの「芸」を味わえますか。p.でなくo.、で芸あり、q.でなくo.であるところも芸の内。
p.でなくo.であるのは表現的面白味であるだけでなく、表現的器用さでもあります。実際にこの諺を使う場合、p.よりo.のほうが使い勝手がよく、例えば、
| r1. | He is Jack of all trades, and master of none. (彼は何でもやるが、何も特にうまくない) |
ここでコンマの文法芸を賞味、r1.のandはJack of all tradesとmaster of none、つまりisの補語(complement)を2つ結んでいるのではなく、and以下に省略されたhe isがあり、andは節He is Jack of all tradesと節(he is) master of noneを結び、he is省略でr1.はr2.から変形生成、というわけです。
| r2. | He is Jack of all trades, and he is master of none. |
コンマひとつでも芸が出るということは、英語は多芸ということになりますか。ところで日本語の諺「多芸は無芸」の「多芸」=「無芸」は矛盾語法、ここにも芸あり、ですね。
勝ちは勝ちで、負けるが勝ちなら、人生はいつでもwin-win situation。
to lose = to win、こんな矛盾に満ちた等式でも成立しかねない人生に負けなければ勝ち。
矛盾語法に照らすとvivid(鮮やかな)でも、現実の光ではlivid(鉛色)であるliving corpse(生ける屍)が、
とうそぶけば背筋が寒くなりますね。
イギリス作家で詩人D.H.ロレンスのswan song(絶筆)は白鳥のもの悲しい歌ではなく、一羽の闘鶏が生命の雄叫びを上げる『The Escaped Cock』、死にゆくロレンスが選んだ主人公は復活後のイエス――そこに矛盾語法が生彩を放つ次の一文が見つかります。
They came trotting across the shingle, heedless and intent on their way...
(砂利浜を、小走りに脇目も振らずひたすらやってくる…)
heedless(不注意な) and intent(専心の)――周囲のことは気にもとまらないほど一途に進んでいく様を髣髴させるheedlessとintentの鮮明なコントラストは矛盾語法。
明日をも知れぬロレンスが絶筆となる作品の結びの一文に選んだのはひとつの諺、何だと思いますか。それは、
原文ではロレンスのイエスの独り言。
‘So let the boat carry me. Tomorrow is another day.’
(だからこの小舟に身を任せどこなりと流れていくまでよ。明日は明日の風が吹く)
死にゆく人がその際にTomorrow is another day.と言えば、あなたはそこに矛盾を感じますか。それとも希望を見ますか。
© 2007, 2008 遠藤緯己 All rights reserved.
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