When it comes to being an English educator, I've never been afraid to think big, do different or make you aim high.
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遠藤緯己 大阪外国語大学(現 大阪大学外国語学部)英語科卒
英語は戦·友
英語は英語と戦った者の友
英語が何者で、私が英語の何者で、TMが英語教育の何者であるのか、以下の3ページで「実物」で紹介したいと思います。一読してください。
プロの英語教育家の目で見ると、英語教育に進歩がないのは英語学習に進歩がないから、英語学習に進歩がないのは英語の知識に進歩がないから――英語の教え方は教える知識の深さで決まるものです。
英語学習について言えば、深くても実際的でないものは学習成果·効率を問わない趣味の領域にあり、実際的でも皮相的なものは持続的かつ発展的な学習効果をもたらさない。
英語の学習書について言えば、2タイプ――参考書、問題集、文法書、イディオム集など「著者」が顔を出さない「無表情型」(「著者」の素顔は編者)と、著者が英語体験、学習法、興味のあるところ得意なところについて語る「表情型」(学習書と呼べるだけの学習内容がなくとも、それと知らずに買った学習者の顔を立てれば、それも学習書類)。
無表情型であれ表情型であれ、欠けているものが2つ。
No originality, no vitality.オリジナリティなくばバイタリティなし、spiritlessでspinelessでcolorlessでlistlessでlifeless、私はそんな英語学習書をFacelessbookと呼ぶのですが、Facelessbookはharmlessではないのです。語い·イディオムといった軽い学習領域は別として、文法·技法の重い学習領域で新しい知識·洞察·理解の追加が全くないままFacelessbookが積み上がっていくと、学習者はその方面の知識はすでに出尽くし、出回っているものが全てという「錯覚」に陥り、「本や授業で英語の仕組は一通り習った」という気になり、英語業者がさかんに売り込むような「軽い英語学習」に流れ流され何年、何十年やっても英語がマスターできない「万年学習者」になる――「万年」化の原因を突き詰めればマンネリ化した英語学習書Facelessbook。
諺The proof of the pudding is in the eating.のテーマは「音」のテクニック、「実際的に深く、深く実際的」でしかもテンポは軽快、語りは軽妙、Japlishあり、俳句&haikuあり、英文キャッチコピーあり、マナーを心得た筆者のsignature入りの「英語、ことわざ10選-6」には「英語音痴」なんて造語も登場しますが、修辞学(rhetoric)で漸降法(anticlimax)と呼ぶ表現技法も私のオリジナル作で登場します。
漸降法の説明は「英語、ことわざ10選-6」を見てもらうとして、ここでは漸降法の一例を引いておきましょう。
One problem with potential elixirs of youth is the danger that they may indeed stop aging—by killing the patient.
(不老長寿の可能性を秘めた薬でひとつ問題なのは、本当に老いを止めてしまうかもしれない危険――服用者を殺してね)出典TIME 2011年4月25日号p36
indeed stop agingなんてすごいことを言った直後、by killing the patientなんてむごいことを言って笑わせる、これは漸降法――この漸降法に活を入れるのがダッシュ、ダッシュを抜き去れば骨抜きになってしまいますね。
ところで、あなたには引用文で疑問点が1つ、the patientの定冠詞(definite article)the――the patientは特定の「その患者」でも総称的「患者」でもなく、文法レベルの「用法」で片付くものでなく技法レベルの「手法」として習得すべきもの、「文法プラス技法」の言語である英語の冠詞も「文法プラス技法」なのです。
上文は漸降法の例として引用したまでで、theの解説までする義務はなくtheを無視することもできますね。さて私はこのtheをここで解説すべきなのでしょうか。ちっぽけなtheひとつ、しかしこれは英語教育の本質的問題、英語教育に対するスタンス(stance)の問題であり、積極的なスタンスを取れる誠実と実力があるのかという英語教育の根幹に係わる問題なのです。
読解問題集の著者は、ロングセラー『英標』の著者も例にもれず、こぞって冠詞に無関心を装っている、つまり冠詞から逃げていますが、私たちが冠詞に弱い原因を突き詰めればFacelessbookの著者が冠詞に弱いから。私はプロの英語教育家ですから、見て見ぬ振りはしませんよ。
the patientのtheは引用文の1センテンスで解釈するthe。
b.の代名詞themの先行詞はpotential elixirs of youth、the patientのtheはpatientを修飾する形容詞句to take themに限定されてつくthe(つまり「限定用法」)、c.はこのtheの文法機能を逆手に取って文脈から特定できる限定部分(to take them)を省略する表現簡潔化の手法――ですがこのtheの簡潔テクニックには文法の応用以上のもの、いわば「裏」があり、技法レベルでtheを使わないのなら文法レベルでtheは使わない、b.→c.と表現展開しないのなら文法レベルの選択肢はd.かe.かf.。
patientにtheを冠したthe patient who takes themではwho takes themの限定の程度が強くなり過ぎ、「不老長寿の可能性を秘めた薬を飲む患者」と「飲まない患者」で患者をタイプ化し、the kind of patient who takes them、the type of patient who takes themの意味になってしまいます。ですから原文the patientのtheは文法レベルを超えた技法レベルのthe。
以上のように解説の必要な箇所で必要なだけの解説に出会えるなら弱い冠詞にも着実に強くなっていくことが可能、この故に私たちは冠詞に弱くさせられている次第。
解説の必要なものも解説しなければ、それは解説の必要のないものに変わります。こんな「変わりもの」が大量に、大量に、大量になれば変わり果てた英語学習、変わり果てた英語教育になってしまいます。これが英語学習·教育の現状。これまで技法を学習する必要と必然性に気づかなかった、と言うより「技法」そのものに気づかなかったあなたは、技法と言うと英語のアクセサリーのようなものをイメージするのではないでしょうか。時間のゆとりや努力の余力があればやってもよい程度の英語習得に特に必要のないもの、とイメージするのではないでしょうか。
超高層ビルは建築のアクセサリーではありません。技術がアクセサリーでないように技法もアクセサリーではないのです。それでも、英語は木造平屋建でいいとおっしゃるならプロの英語教育家の技術指導は不要、そんな方々にはrudderlessなFacelessbookもuselessではありませんね。
5分の3の暗黒大陸
英語の表現領域の5分の2は文法で5分の3が技法、ただし英技法の3分の2は文法の応用領域でその中核は変形テクニック、the patient to take them → the patientの省略変形を伴う技法展開も変形テクニックの端くれ。
私たちは「5分の2」に決して明るくない、しかし英語の輝く「5分の3」が真っ暗であったこれまでの英語教育は英語教育の「暗黒時代」――それは英語マスターを云々する以前の、英語をマスターするということがどういうことか全くわかっていなかった闇の時代。
しかし暗い英語の冬にも春は巡り、「暗黒時代」に終わりを告げたのが「英語オンライン講座 ハイテク英語第1道場」。
英語も2タイプ――表現力という英語の顔が出る「表情型」と出ない「無表情型」――「技法レベルの英語」と「文法レベルの英語」があるのです。
「5分の3」は「5分の2」より大、「文法レベルの英語」を取り込んで技法展開すると「技法レベルの英語2.」。
「文法レベルの英語」とは語句を構造化、つまり文の要素(elements of the sentence)化し意味を伝達する文法機能レベルの英語、「技法レベルの英語」は「意味プラス表現効果」の英語――同じ意味で同じ語数のg.とh.の間に下手と上手の差、ライティング力にアマとプロの格差。
あなたがTM会員でなければ、どんな英語歴をお持ちの方でも、以上のような「実際的に深く、深く実際的」な文法プラス技法の英語学習体験は初めてですね。 1センテンスの英文を引用して、こんな風に英語のエッセンスを教えることができるのはプロですね。こんな風に英語を教えるのはFacelessbookの著者でも大学の学者先生でも英語教師でもなく、プロの通訳でもプロの翻訳家でもネイティブの先生でもない――だから「プロの英語教育家」、英語学習·教育を進化させるプロフェショナルがプロの英語教育家、ちなみに英語学習それ自体を進化させることなく、教育システムの改革で英語教育が進歩すると考え、あれこれ提案提言するのは甘々のアマの英語教育家。
ヒトの使う文法なる意味伝達機能と技法の表現効果はヒトが造り使うモノでは機能とデザインなる表現効果となり、芸術、ファッションなど表現効果の本領域もあり、化粧なる自己表現効果もあり、芸術性なる表現効果に機能性を与えた工芸もあり、料理に見た目があり、花と雑草を画する表現効果を高める技法に生け花があり、かく人間なるものを表出する原点にことばあり――英語でなくともヒトのことばは「表現プラス効果」。
ただ英語の技法は、日本語と違い、1つ、2つ、3つ・・・101、102、103・・・とはっきり数えていけるはっきりとしたindividuality(個々性)とproperty(特性)があり多種多様多数、それだけではなく技法A、技法Bは個々にA、BであるだけでなくA→Bと連動展開することもあり、この「連動」がパターン化しているならこの連携プレー自体も技法ABとなる、それだけでなく技法Aの応用技法Aa、Abの系列化も珍しくない、しかし英技法で特筆すべきは構造レベルでも華々しく展開、つまり「表現効果」発揮の構文レベル展開が盛んであること、40以上の強調構文(emphatic construction)なる変形テクニックはその代表格であるが、技法レベルの構文も多種多様多数――「まともな英文が書けない」「文構造がわからない」原因は「文法が弱い」だけでは全くないのです。
英語のmythには神々しさと無縁の「神話」もあり、英語に関してはこのmythは「英語神話」――英語漬け神話、習うより慣れろ神話、リスニング神話、受験英語神話、レベル神話、TOEIC神話・・・数々の英語神話ほど日本の英語教育の進歩、前進を妨げているroadblock、stumbling blockはありません。
4つの英語力の英語力
| 読解力 | : 文法·技法理解力+語い·イディオム力 |
| 作文力 | : 文法·技法運用力+語い·イディオム力 |
| リスニング力 | : 読解力+耳(英語音を聞き取り、聞き分ける能力) |
| スピーキング力 | : 作文力+口(英語音を正確に、必要な抑揚、強勢をつけて発音する能力) |
リスニング力を鍛えるために1日15〜30分のリスニングが必要と言うことは、1日30分〜1時間のリーディングも必要と言うこと。
耳よりな話
以下はTIME誌(2011年8月29日号 p42)からの引用、ネイティブの耳でも、autism(自閉症)を知らないとautistic children(自閉症の子供達)がartistic children(芸術的才のある子供達)に聞こえてしまうという話。リスニング力は「耳」という単純な話ではないという話。
Autism was so poorly known, Baron-Cohen has said, that when he told people about his work, they frequently misunderstood and thought he said he was teaching artistic children.
英語神話の主たる出処は英語業者と受験産業、販促に都合のよい概念を植え付け、それを神話化するのはmarketing strategy――以下は三大英語神話、英語教育版the axis of evil。
ちょっと考えてみれば、「高校の文法授業+受験勉強」で「一通り教えている、習っている」は笑えないジョーク。
重大な英語の10大領域
英語マスターの鍵はTM(thorough mastering: 完全習得)、特定の仕組(文法&技法: 英語の全仕組は、冠詞や句読法でも、文法の基礎領域と技法の応用領域を有する)を完全習得すればその仕組だけがめっぽう強くなるのではない――例えば関係詞(関係代名詞·副詞·形容詞)を完全習得するなら、文法力の中核である構造把握力が飛躍的に伸び、「変形」を駆使する「英語の頭」を解する「英語通」になり英語力(読解力&作文力)はびっくりするほど伸びる。ぐんと伸びた英語力と発育し続ける「英語の頭」で他の仕組を完全習得することはその分やさしくなる。完全習得の実りはでっかい実力だけではない、英語マスターへの自信と確信は日々大きくなっていく――TMは英語マスターのTHE DIRECT PATH。
以下は、特定の仕組を学習するのに必要なコンテンツとその仕組を完全習得するのに必要な洗練した精読·文法·技法問題を必要十分に装備したテキストを用い、学習テーマとテキストを100%完璧にマスターしている教師の講義形式50分授業で20レッスン以上を必要とする英語の仕組。ただし1センテンスごと順繰りに生徒に訳させるとか、問題の答を黒板に書かせるといった高校の授業風景を持ち込むと20レッスンはたちまち30レッスン以上に膨張(30レッスンは1コマの英語授業のほぼ1年分)。
| 1. | 関係詞 | 6. | 分詞·動名詞 |
| 2. | 文型·文の要素 | 7. | 反復·反復テクニック |
| 3. | 等位·比較構文 | 8. | 否定·否定構文 |
| 4. | 時制·仮定法 | 9. | 句読法 |
| 5. | 強調構文 | 10. | 文章構成法 |
「非現実的」から実現する成功はない。実際、英語の10大領域以外も英語の大領域――格、冠詞、前置詞、基本変形、there構文、形式主語/目的語、to不定詞・・・さらに曲言法(litotes)、婉曲法(euphemism)、冗言法(pleonasm)、漸層法(climax)、対照法(antithesis)、直喩(simile)·隠喩(metaphor)·換喩(metonymy)·提喩(synecdoche)の比喩のおまけは混喩(mixed metaphor)、頭韻(alliteration)·脚韻(rhyme)その他の音のテクニック、掉尾文(periodic sentence)·散列文(loose sentence)·平衡文(balanced sentence)の基本文体などなどの手法·技法――英語の仕組を授業形式のみで教えることは以下3つの理由で非現実的。
この故に、TMの英語教育は以下3つの現実路線。
「英語オンライン講座 ハイテク英語第1道場」を授業に移せば100分授業で50レッスン以上(50分授業なら100レッスン以上)必要、重厚な100分授業50レッスン強コースの入会金が3万円なら、それは格安、そのほぼ半額が同オンライン講座の受講料――TMの入口が「英語オンライン講座 ハイテク英語第1道場」はTMの現実主義。
教えるからには学習者が完全に習得できるように教える――これが英語マスターのための英語教育の現実主義。
受験でやり残している広大な領域を受け継ぐのは当然大学、しかし第2外国語を必修科目とする大学の英語教育は二義的――その結果はuse it or lose it(能力は使わないと失う)、今日の大学は「広大な領域」を引き受け英語習得を積極的に推し進める能力も意欲もすっかり喪失、その結果は「広大な領域」の存在を否定する受験英語神話の確立。
週1回あるかなしかの文法授業と入試科目の1つにすぎない英語の受験勉強で「英語の仕組を一通り教えている、習っている」わけがないことを信じるillogicalが蔓延、慢性化すれば、それはpathologicalな社会現象、「彼も彼女も誰もかれも受験英語、教師も講師も著者も受験英語」は受験英語シンドローム――例えば大学のリーディング授業、担当の学者先生は自分の専門分野に関連したテキストを使い、おもしろい話もする、しかしめったとない文法解説をすれば、それは全くかわり映えがしない受験英語。
確かに、大学に英語関係の学部学科がある、確かに英語·英文科の英語学の英文法が受験英語であるはずがない――問題は、それが英語習得を目的として学ぶ必要の全くないほど受験英語と全く違うこと。
伝統文法は主として19世紀の産物、規範文法(normative grammar)、学校文法(school grammar)、受験英語は伝統文法の副産物、構造言語学は20世紀前半、3.〜5.は20世紀後半生まれ、1.と2.〜5.の違いは英語教育と学問研究の違い――伝統文法には英語習得を促進し学習者を導く基本姿勢があるが、2.〜5.は英語教育など眼中になし。
変形文法には「革命文法」の異名もあるが、20世紀の優秀な学者連は学問を英語教育の足かせから解放する革命をやり遂げたわけ――英語の母国の大学にはすでに英語をマスターしているネイティブの学生相手にlearning for learning's sakeをやるゆとりがある、日本の大学生には学問とお付き合いしている余裕も余力も全くない、学生の英語習得の妨げとなっている学問の足かせから英語教育を解放するcounterrevolutionが必要。
伝統文法は不完全で、深い洞察に欠き、不足している部分も多々ある、しかし2.〜5.の文法が「不足」を補ってくれるわけではない。「変形」は非常に大切で、英語学習者は各変形の構造展開を実際的によく理解する必要があるが、変形文法の方式で変形を学習する必要は全くない。
英語学だけでなく、英·米文学を専攻しても英語習得と直接関係のないことに始終しがち。文学というライティング領域にしてライティングを学ぶことなし。文学は第一にリーディング、しかし文学ゼミは読解ゼミであらず。結局、受験英語で入学、受験英語で卒業――誠に遺憾ながら、受験の後に受験英語神話を崩壊させる積極的英語学習は続かず、受験英語神話と英語·英文科神話(大学の英語科、英文科は英語習得のための専門教育)が仲よく共存し続けている。
言うまでもなく、英語の言語レベルまで自分の英語レベルを引き上げるのが英語学習――自分の英語レベルまで英語のレベルを引き下げるのはレベル神話。
言うまでもなく学習レベルと自分の英語レベルの格差が実力向上の幅、学習レベルが高いほど学習成果は大きい――高レベルは大歓迎すべきこと。
高レベル英語学習を恐れるのは「レベルが高い=難しい=英語がよくわからない」の等式のため――正しくは「レベルが高い=説明·解説の質が高い=英語がよくわかる」の等式。レベル神話は質の低い授業·レッスン·テキストを正当化するにはうってつけ。
「英語の頭」をつくるのは高レベル英語学習、しかし「英語の頭」づくりにcalisthenics for the brain(頭の体操)はつきもの――「自分のレベルに合った英語学習」とは、頭をあまり使わなくて済む英語学習、怠け心の琴線に触れるレベル神話は「英語の石頭」づくりにもってこい。
母国語習得が急速に進むのは、母国語漬け(外部環境)と、レベル神話を寄せつけない積極的学習志向(内部環境)の相乗作用効果――母国語習得は常に学習レベルを上げていく能動的母国語漬け。
英検3級の方にレベルは高いほどよいとは言わない、しかし英検2級あたりにさしかかったら、恐れるべきは低レベル英語学習。
私とTM、TMと精読
In class or in a book, I've never, ever experienced
anything even remotely close to SEIDOKU before.
授業であれ、本であれ、「精読」にほんの少しでも近い
何をも、私は一度たりとも出会ったことはない。
効率、効果のあるところ、最高効率、最大効果があるもの。英語学習を濃縮、英語学習体験を凝縮することで英語学習効率は高まる、この濃縮、凝縮の程度に比例して英語学習のレベルは高くなる――最高レベルの英語学習は最高度の「濃縮&凝縮」であるが、それが何であるかあなたは想像できない。私はそれを「精読」と呼ぶが、この「精読」はいわゆる「ていねいな読解」ではない、実際そればいわゆる「読解」ではない。
英文はそれ自体が、ネイティブであれノンネイティブであれ、プロのライターであれアマであれ、英語学習成果であり、英文それ自体にも濃度がある。プロのライターが文を練るプロセスの中で英文濃度を高め、自らの英語習得体験を結晶化 した英文はいわば「特濃英文」――「精読」に不可欠なものはこの「特濃英文」。
精読=「特濃英文の文法プラス技法の読解」プラス「特濃英文の文法プラス技法の作文」
特濃英文を文法、技法の両面から完全に解き明かし、いかなる微妙も汲み取り、いかなる微細も見落とさない読解のプロセスが、特濃英文を再構成する作文のプロセスに移行していく。
特濃英文の共通点は複数の技法を駆使すること。リンカーンと言えば「人民の、人民による、人民のための政治」、あなたが知っている特濃英文と言えば、
government of the people, by the people, for the people
「3のテクニック(トリコロン)」「漸層法(climax)」「並列(parataxis)」の3技法を結集、結晶化した名文――この「3人民3技法」の精読は「「英語オンライン講座 ハイテク英語第1道場」」Unit20の「今週のハイライト」にある。
「精読」と「読解」では段違い、それは大学生と中学生の2段違いではなく、大学院生と小学生の4段違い――もし精読問題集なるものがあれば、読解問題集は子供が書いたように見えるだろう。ちなみに読解問題集『英標』の正式名は『英文標準問題精講』、「精講」と精読を匂わすタイトルだが1つの精読も含まれていない。
英語学習の精華「精読」は、それ自体であなたの英語力を開花させる力を秘めている。「精読」は、それ自体でレベル神話を粉砕する力も秘めている。
日本人に日本語のテストをする場合、不必要なテスト形式はリスニングテスト。日本人の英語力を測定する場合、テスト形式の基本は「英文和訳」と「和文英訳」(京大入試はこの2形式のみ、英検1級にはこの2形式が入る)、センターテストのようなマークシートテストは採点上の手間と時間と経費を省くための、あくまで便宜上のテスト方式。
もし英語「達人」判定テストなるものがあって、それがTOEICのテスト方式、テスト形式、設問レベルであったらそんなインチキ試験は笑い種、そんな「達人」は嘲笑の的――900の大台が出ても、TOEICに「達人」の出番はないわけである。
それでもTOEIC神話が笑い話に思えないなら、TOEICテストではどうでもよい「冠詞」で問う、
TOEICで900点取るのと、英語の冠詞をマスターするのでは、どちらが難しい?
900以上のスコアの方々の大半が冠詞をマスターできていないのなら、より難しいのは「冠詞」――しかし冠詞は英語の仕組のほんの一部分、英語マスターはTOEIC900点台よりずっと、ずっと高台にあるわけである。
にもかかわらずTOEIC950点以上ともなると、ネイティブでも・・・と、ネイティブを引き合いに出すnuttyな方も出てくる、ここまでくるとTOEICもtoxic、TOEIC神話はnoxiousだけでなくobnoxious――算数がとびっきりできる小学生と理系の大学生が算数のテストを受けたら、その結果は僅少の差、だから同等の数学力は戯言。900以上のスコアを取る人が非常に少ないのは、私たちの英語学習·教育の低レベル低効率と、この「低」を促進し常態化する英語神話のせい――算数は数学で越えるもの、いつまで算数をやっていても算数は数学に変わらない。
テスト問題の難度で級づけ、各級各テストの英検と違い、TOEICはTOEIC級という1レベル(例えば読解文のパラグラフに難しい英文があっても、その文を和訳させるのではなく、選択肢を設けた「内容正誤問題」という初級レベルの読解問題形式ならテストレベルは均等化する)、1つのテストで済む、少なくとも主催者側には合理的テスト。「1レベル1テスト」のTOEIC受験のためのTOEIC講座も「1レベル1講座」が合理、熱心に受講し通せば900点台が当然、しかし実際は、まことしやかにスコアを示し、例えば630点は英検2級に相当(少なくとも、英検2級に合格したばかりの100人にTOEICを受験させ、そのスコアが630前後に集中という統計的裏付けが必要)というふうにTOEICテストのTOEICテストたるところを無視してTOEIC講座を英検ふうにレベル化、600点台の方に合うベストのTOEIC学習は「750点コース」という具合にレベル神話を活用する「英検方式TOEIC講座」の矛盾――TOEICにレベル神話を持ち込んでの販促は反則。
TOEICが900点で「0点の取れる英語のテスト」が0点なら、大差900点は何を意味するのか。少なくともそれは、英語なる言語の英語力はTOEICでは測れないことを確かに意味している。unfathomableな英語の表現力を測れるようになったら英語の達人――英語の達人は英語が達人であることを知っている。
TOEIC神話は罪のない自慢話で済む話ではない。なぜなら「TOEIC900点台=英語の達人」の裏はTOEICを英語学習の目標にしていけば「達人」に到達、英語学習がTOEIC対策学習になってしまう。自分の英語力を大きく見せるために、英語を小さくするのは危険である。自分の英語力を大きく見せるために、TOEICを大きくするのも危険である。TOEIC神話は非常に有害――プロの英語教育家の判断としては、TOEIC神話が崩壊しないのならTOEICテストが消滅した方がよいほど有害。
「大」あっての「小」
The thing is, how much you can improve
your English skills for the same one hour.
要は、同じ1時間でどれだけ英語力を伸ばせるかだ。
文法·技法は英語の「大」、語い·イディオムは英語の「小」。
「大」「小」あっての英語の「大」あっての「小」。
文法·技法の理解力&運用力を育成し、読解力&作文力を成長させるのは英語の「大」学習、暗記·反復·練習は英語の「小」学習。
「大」「小」あっての英語学習の「大」あっての「小」。
若い頃、D.H.ロレンスを集中的に、小説、旅行記、エッセイ、詩集と読み込んだ時期があり、「これが英語か、これが英語なんだ」といたく感動できたのはよかったし、若気の過ち&至りで「こんな英文が書けるようになってやろう」なんてとんでもない想いを抱いたのも許せるとして、さてさてやれやれ中年のおじさんになっても同じ誤りを犯し続け、人一倍英語と格闘することになりましたが、ふと気づくと英語のふところ深く、英語はその「秘密」をなんでも明かしてくれるmy bosom friendになっていたのでした。
両親とも日本人の純ニッポン人でもごく稀にネイティブの英語力を持つに至る人はいる、しかしだからと言って他の英語学習者が益するわけでも恩恵に浴するわけでもない――この故にプロの英語教育家。
私にとって最も興味深い英語学習の書は『聖書』、今(2011年)からちょうど400年前の1611年に出版されたthe King James Version(『欽定訳聖書』)。神の啓示の書も私には英語のrevelation――英語の全変形を見透かしたという確信に至った私にとって、古文という英語の歴史の中で変形の裏を検証するかっこうの「解答集」。温故知新の英語発見をひとつ紹介しましょう。
強調の助動詞doのrevelation
以下の引用文のごとく古文の否定文は「動詞+not」でbe動詞(is not)と他の動詞(keepeth not)を区別しません。
否定文や疑問文で、否定命令文ではbe 動詞でもDon't be...と助動詞doを使う、この大切な文法機能を果たすdoが助動詞doの根本、強調のdoのような助動詞doの表現レベルでの展開はdoの発展的用法――現代英語を見る限り、この点に何の疑問も起こりませんが、古文まで視野を広げると否定·疑問文を作るdoがどのように誕生し、doそれ自体は何者なのか、疑問になってきます。この疑問に対する古文の解答は「正反対」――強調のdoが根本で、助動詞doの表現展開から文法レベルのdoが誕生――強調テクニックdoから文法機能doに発展、つまり技法レベルから文法レベルに進展。
『聖書』の中で、以下の文のように昔も今も全く変わらない強調のdo(did eat、do dishonor)に出会います。
2. 3.で現代と同じ用法の強調の助動詞doの存在を確認した後4.、5.を比較すれば、Neither do I condemn theeのdoが強調のdoで、一般形式の倒置Neither condemn I thee の強調形であることは自明。
さらに6.の古文の共通形式の倒置を用いた一般形式の疑問文What sign showest thou...?に続くwhat dost thou work?のdost(doの2人称現在形)が疑問文を強める強調のdoであり、助動詞doが倒置を強める表現テクニックであったことには疑問の余地がありません。
今や疑問·否定文で使うdoに強調の機能は全くなく、文法機能のみ。倒置という変形テクニックの中で使う助動詞doは強調的色彩を帯びていますが、doを使う使わないに選択の余地はなく、文法ルールとしてdoを使う必要がある分、doのインパクトは弱くなります。助動詞doが強調のdoより発し、表現レベルの展開から文法レベルで重要な役割を果たすに至った――「はじめに技法あり、技法は英語とともにあった」は強調の助動詞doのrevelation。
© 2011 遠藤緯己 All rights reserved.
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